「情報格差」という言葉が登場したのは10年以上前のことだと記憶しています。ITが社会の至る所に溶け込み始めた頃、使いこなせないものが被る不利益を指してこの言葉が使われ、2000年夏の沖縄サミットでは議題に取り上げられるほどでした。
IT用語辞典では以下のように説明されています。
『若者や高学歴者、高所得者などが情報技術を活用してますます高収入や雇用を手にする一方、コンピュータを使いこなせない高齢者や貧困のため情報機器を入手できない人々は、より一層困難な状況に追い込まれる。いわば、情報技術が社会的な格差を拡大、固定化する現象がデジタルデバイドである。』
その後、ユビキタスという考え方のもとで、誰でも意識せずに簡単に、どこでもITを活用できる社会の実現が進められてきましたが、インターネットにおける情報進化は凄まじく、東日本大震災ではTwitterを使っている人とそうでない人の間で、緊急情報や災害支援情報に劇的な差が見られました。
IT業界に所属している人たちは、情報格差という枠組みで持つもの/持たざる者に区分されるとするなら、概ね「持つもの」側にあたるかと思いますが、その「持つもの」の中でも格差が深刻化しつつあるというのが、今回の本題です。
ITmediaオルタナティブブログにて、「英語格差」という言葉が取り上げられています。
http://blogs.itmedia.co.jp/pandrbox/2011/11/post-9f30.html
外資系ベンダーでは、新製品やサービスの多くが英語情報メインで日本語に訳される資料は多くないため、一次情報源の英語ソースを読み解ける人とそうでない人では、情報量に格差が生じているとのこと。
前述のブログでは、Amazon、Oracle、IBMの関係者が発言されていましたが、私が知るかぎりでも、日本で名前を聞く多くの外資系企業はそのとおりです。これは製品やサービスを抱えている外資企業に限った話ではなく、欧米やインドに本社を抱えるようなグローバル企業のIT部門にも通じるものであることを忘れてはいけません。
そういったグローバル企業であれば、社内ITのガイドライン等は全て英語版で配布されます。このガイドラインを英語のままで理解できる人は、提示された資料に書かれた全てを知ることができますが、日本語訳が必要になる人は、有識者が一部翻訳した資料に書かれた情報から資料全体の内容を類推するにとどまります。その結果、膨大なAppendixを読み飛ばし、中身の理解が不十分なままで業務に携わることになるのです。
先のブログでは、日本語化比率が低下している代表的な理由を次のように述べています。
1. 日本の市場が成長傾向にないため、投資が減っている
2. 新製品発表や買収など、製品数が多すぎて翻訳に手が回らない
3. SNS普及により、ドキュメント以外にも情報が爆発的に増えている
今後も漸進的に状況の深化が進むことであり、英語で書かれた資料を読み解く力はますます必要になってくることでしょう。
一方で、日本人の英語力の低さには定評があり、TOEFLの主催団体・ETCが発表している国別得点によれば、2009年1〜12月のiBT(Internet-Based Testing/120点満点)における日本人の平均点は67点で、アジア30カ国中28位。他国でTOEFL受験者がエリート層であることを差っ引いて考えても、やはり日本人の英語力は足りていないと言わざるを得ません。
英語力の欠如はビジネス上の不利益につながります。例えば、Jakartaプロジェクトのように、Java技術に関連するソフトウェアを開発している国際的なプロジェクトでは、英語ソースから情報を入手できなければ、最先端のWeb技術の恩恵を受けることができず、海外企業が提供するサービスと伍することができなくなります。
その最たる例はAmazonEC2でしょう。Amazon.comが提供しているクラウドサービス群「Amazon Web Services」(AWS)の一つとして提供されている、仮想化されたWebサーバーのコンピュータリソースをレンタルできるサービスを指しますが、開始当初は英語版のガイドラインしか用意されていませんでした。それから数年間、世界で最も安価なIaaSについて日本企業の多くが利用を躊躇してきたのは日本語によるサポート環境が不足していたからです。
2011年の春、Amazon Web Serviceの東京リージョンが開設され、24時間日本語サポートがスタートしたことは吉報でしたが、今後も世界を動かす技術やサービスの多くが最初に提供するのは英語ベースの情報であることは間違いありません。
英語格差を解消する根本的な方策は、英語を使いこなせる人材を育成する教育の実現ですが、それでは時間がかかりすぎます。暫定策として、もっと短期的に解決する方法(クイックウィン)も模索しなければなりません。先のブログでは自動翻訳技術の強化を挙げていましたが、これについて面白い取り組みをNTTドコモが始めています。
『NTTドコモは4日、携帯電話を通して、日本語と英語など異なる言語で会話できる「通訳電話サービス」を9日から試験提供すると発表した。まず日本語と英語もしくは韓国語の通訳に対応し、来年1月には中国語にも対応する予定。2012年度中の商用サービス開始を目指す。
発話後、2秒程度で通訳されるのが特長。ネットワーク上の「クラウドシステム」が、会話を音声認識して文字化し、機械翻訳する。さらに音声合成することで通話相手に別言語で伝えられる。それぞれの言語で携帯電話上に文字で表示される。』
http://www.sankeibiz.jp/business/news/111105/bsj1111050502000-n1.htm
(産経Bizより)
文章の自動翻訳は少しずつ精度が高くなっており、Google翻訳を使えば、なんとなく意味を類推できるくらいの情報程度はすぐに入手できるくらいにはなっていますが、リアルタイムトークにおける英語の壁をどう解決するかは今までずっと悩みのタネでした。しかし、ドコモが試行する通訳電話サービスが実現すれば、その問題にも解決の糸口を見出すことができるかもしれません。
理想型は、Skypeとメッセンジャーの統合アプリ(MicrosoftのOffice Communicatorのようなもの)を使用し、チャット内容はもちろん、音声発言も別ウインドウでリアルタイム翻訳してくれる仕組みでしょうか。日本市場のプレゼンスが低下する前に実用化することができれば、英語が使いこなせる人材が登場するまで食いつなぐことができるかもしれません。