今の世の中、先進国内で電子メールを使っていない企業がどれほどあるでしょうか。
インターネットの世帯普及率が90%以上に達し、個人でメールアドレスを持つことが当たり前になっている現在、最早社会インフラと呼んでも差し支えないレベルの電子メールを”敢えて使わない”という選択をしようと考える企業がヨーロッパにありました。しかもその企業、ヨーロッパでも最大手と言われるIT企業です。
その企業はAtoS(アトス)。同社のCEOが「今後18ヶ月以内に社内メールをゼロにする」という方針を考えていると、テレグラフおよびスラッシュドットジャパンITのサイトが伝えています。
『世界42カ国にて事業を展開し、総従業員数78,500人以上というヨーロッパ最大のIT企業AtosのThierry Breton CEOが「今後18ヶ月以内に社内メールゼロ」という方針を考えているそうだ。
各従業員は電子メールに週あたり5〜20時間費やしているが、毎日受け取る200通のメールのうち重要なものはほんの1割に過ぎず、「電子メールはもはや(コミュニケーションのための)適切なツールではない」とBreton氏は指摘する。また、大量の情報の処理は今後企業が取り組むべき重要な問題であり、考え方を変えるべき時である」とのこと。
Breton氏は電子メールの代わりとしてFacebookやTwitterから着想を得たチャット式のコミュニケーションサービスを採用したいという。 11〜19歳の若年層において電子メールを利用しているのはたった11%であるとの調査結果もあり、若者がすでに「脱電子メール」していることにも着目しているという。
ちなみにBreton氏自身はここ3年仕事のメールを送ったことが全く無いそうだ。「話したければ会いに来ればよいし、電話やテキストメッセージでだって連絡が取れる。電子メールは話し言葉を置き換えることは出来ない」というのが彼の弁である。』
http://it.slashdot.jp/story/11/12/01/0841231/%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%83%E3%83%91%E6%9C%80%E5%A4%A7%E3%81%AEIT%E4%BC%81%E6%A5%AD%E3%80%81%E7%A4%BE%E5%86%85%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%92%E5%BB%83%E6%AD%A2%EF%BC%9F
なお、知らない人も多いでしょうから、アトスの企業概要を簡単に記します。以下は同社の2010年12月プレスリリースからの抜粋です。
『アトスオリジンと独シーメンスが世界的戦略パートナーシップを結ぶことを発表しました。アトスオリジンがシーメンスのITサービス部門である SIS(Siemens IT Solutions and Services)を8億5000万ユーロ(約950億円)で買収し、ヨーロッパ最大級のIT企業を設立します。シーメンスは最短でも5年間、アトスの株式の15%を所有することになります。この契約によって2010年のアトス決算をベースに見積もって約87億ユーロの売り上げと世界中で78,500人の社員を抱える有数のITサービス企業が誕生します。
(中略)
市場調査等によれば、契約合意に伴いアトスオリジンはマネージドサービス(運用管理)においてヨーロッパでナンバーワンとなり、規模、専門性、能力を拡大強化することで更に大規模で世界規模の競争力が強化されます。また、この契約合意でアトスは長期的成長が見込まれているクラウドコンピューティングにおいてもメジャーなプレイヤーとなります。』
http://jp.atos.net/jp-jp/newsroom/press_releases/2010/2010_12_21_02.htm
同社は2010年時点で87億ユーロの売上を誇っています。日本円に換算すると、当時のレートで1兆円以上、2011年12月現在のレートでも9000億円を超えます。日本のNTTデータが売上1.2兆円弱ですから、ほぼ同等規模とみなしてよいでしょう。
話をわかりやすくすると、NTTデータが「全社的に社内メールを禁止する」ということと同じレベルの話が欧州で進行しているというわけです。
電子メールというインフラに変わって導入を考えているのが、チャット式コミュニケーションとのこと。記事内ではFacebookやTwitterのようなリアルタイムコミュニケーションインターフェースを想定しているようですね。
ただ、これらの着想は、コミュニケーションツールを提供する大手ベンダーなら既に通ってきた道なのではないでしょうか。例えば、マイクロソフトが提供するコラボレーションツールの一つに「Lync」(リンク)という製品があります。
http://lync.microsoft.com/ja-jp/Pages/default.aspx
使ったことのある方は分かると思いますが、このツールはマイクロソフトのOutlook/Exchange(メール)、SharePoint(コラボレーション)という製品と合わせて利用することで最大の効率性をもたらします。
具体的には、Lyncで検索できる人は全てExchangeに登録されており、メールでコミュニケーションするときにはOutlook連動、チャットでリアルタイムに話すときにはLyncでそのままチャットウインドウを開きます。また、その場で相手にファイルを送ってダウンロードさせたり、資料をストリーミングでリアルタイムに共有しながら、文字チャットや音声チャットでコミュニケーションもできるため、PCを使った遠隔地ミーティングがとてもかんたんに実現できるのです。
このマイクロソフトのソリューションを使えば、アトスのCEOが主張する情報処理の効率化は確実に実現可能ですが、ここでちょっと注目したいのは、マイクロソフトがあくまでもOutlookを残し続けているという事実です。
電子メールは、情報を累積して後で検索できるという利便性を備えています。米国エンロン事件の後で成立したサーベンス・オクスリー法によって、今や世界中で内部統制が必要だと叫ばれるようになっています。社内コミュニケーションについても、その証跡を残すことが求められており、これについて電子メールを廃止してしまう企業は対応できるのか、という疑問が残ります。
コミュニケーションツールのログを全てサーバ側で保持するという考え方もありますが、ストレージの効率利用という観点と、そもそも情報検索の効率性という点からも、その実現には課題が多いと言えるのではないでしょうか。
ITmediaのオルタナブログで吉川さんが触れているように、記録性と情報保持機能についての代替性をどう考えているのか、アトスのCEOに聞いてみたいところです。
http://blogs.itmedia.co.jp/knowledge/2011/12/it-98b0.html
先のアトスCEOは「紙で報告しろ」と言っていますが、それら紙の資料を保存することで当局の検査に対応するというのは、大変な工数を余計に発生させるだけではないか、と思う次第です。
posted by 吉澤準特 at 12:19
|
Comment(0)
|
業界裏話