2010年1月、東京証券取引所が次世代株式売買システム「アローヘッド」を導入し、反応速度1000分の5秒という世界最高レベルの処理速度を実現したことを覚えているでしょうか。
「日本の証券システムは処理速度500倍の世界に突入」
http://it-ura.seesaa.net/article/137320659.html
当時のメディア(asahi.com)では次のように紹介されていました。
『東京証券取引所は、株式の売買注文を処理するコンピューターシステムを4日から欧米並みに高速化させる。売買システムの全面更新は10年ぶり。処理速度は従来の約500倍で、瞬時の取引成立が可能になる。海外のファンドなどが多用する「自動売買」の注文を呼び込み、取引拡大を図る考えだ。あわせてストップ安などの制限値幅も拡大する。
これまでは、証券会社が売買注文を出してから注文の受け付けが確認できるまで2〜3秒かかっていた。「アローヘッド」と名付けた新システムでは0.005秒に短縮でき、ニューヨーク、ロンドン証券取引所などに近い水準に追いつく。導入にあわせ、ストップ高・ストップ安の基準となる制限値幅をこれまでの最大2倍に緩和。制限のない取引に慣れた海外投資家の参入を促す。 』
先のリンクの繰り返しになりますが、当時、東証のITインフラ(反応速度2秒)はグローバルレベルで見るとかなり貧弱なものであり、ニューヨーク証券取引所やロンドン証券取引所と比べると、システムの反応速度が100倍以上も遅かったのです。
しかし、アローヘッドによって、かつての世界3大証券取引所の名に恥じない世界屈指のレベルにまで達することができました。
さて、それから2年半が経過した2012年7月、なんともショッキングなニュースが日本の証券業界に流れます。それがこちらの”東証システム増速”のお知らせです。
『世界各国の証券取引所が機関投資家のニーズが高い取引の高速化を図るなか、東京証券取引所は、17日からシステムを増強し、株式の注文から売買が成立するまでの時間を1000分の1秒以下に高速化することになりました。
(中略) 17日からシステムを大幅に増強して、株式の売買処理の能力を、これまでの2倍に引き上げることになりました。 これによって、注文を受け付けてから売買が成立するまでの時間は、1000分の1秒以下に縮まり、1日に受け付けることが出来る注文の件数も、これまでより13%増えるということです。
一方、ロンドンやシンガポールなどの海外の取引所は、東証の新システムよりさらに10倍早い処理速度をすでに実現しています。 ただ、むやみに高速化を急げば、取引の安定性が維持できなくなる恐れがあることから、東証は今後、システムの安定を維持しながら、処理速度の向上を目指したいとしています。』
(NHKニュースより)
何が残念なニュースなのか、お分かり頂けたでしょうか。
最初の引用ニュースにも書いてあるとおり、現在の証券業界ではシステムによる高速自動取引が株式売買の相当な割合を占めるようになっています。この高速取引(プライムサービスと呼ばれます)は、売買処理に要する時間が短ければ短いほど多くの利益を上げることができるため、1日に数百億円を動かす機関投資家と呼ばれる証券会社・投資ファンドなどは少しでも処理速度の早いシステムを利用します。
そんな状況で、今回東証がリリースした新システムは、既に稼働済みのロンドンやシンガポールの証券取引所よりも売買処理速度がかなり劣っているのです。これでは取引量が減ることはあれ、増やすことはかなり難しいでしょう。
証券会社や取引所は売買の度に発生する手数料が主な収益源になります。ということは、取引量が減れば減るほど、これら組織の収益は減ってしまうのです。今回の東証システム増強レベルが世界的にみれば物足りないレベルであることは業界では大分前から知られていましたが、改めてそのことが一般ニュースとして流れると、やはり残念であるとしか言いようがありません。
ちなみに東京、ロンドン、ニューヨーク、シンガポール証券取引所の1取引あたりの処理速度は次の通りです。東証の掲げる取引安定性重視の路線はたしかに重要ですが、シンガポールと比較すると、それでも「もう少し高速化できなかったものか」と思ってしまいます。
●東京証券取引所 :1000分の0.9秒 (900マイクロ秒)
●ロンドン証券取引所 :1000分の0.125秒(125マイクロ秒)
●ニューヨーク証券取引所 :1000分の0.300秒(300マイクロ秒)
●シンガポール証券取引所 :1000分の0.074秒(74マイクロ秒)
※東証の3倍速がニューヨーク、7倍速がロンドン、12倍速がシンガポール
証券取引システムは「1番じゃなければダメ」な世界です。3年前のニューヨーク証券取引所では世界の60%にあたる量の高速取引をさばいていましたが、今では30%程度まで低下しています。
東証の次回システム増強は2年以内に行われると思われますので、その時にはシンガポール証券取引所のシステムを構築した人材をヘッドハントしてでも最高速取引システムの実現をしてもらいたいものです。構築ベンダーの富士通さん、頑張ってください。
posted by 吉澤準特 at 22:20
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